現在41歳(1つ歳をとりました)    chikoの不妊治療記録。       夢クリニックで体外受精に挑戦。   <2009年1月に卒業しました>


by chiko2008
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31

クリニックを卒業しました

2009年1月10日(土) <11W5日>

昨日、夢クリニックを卒業しました。

院長先生に、転院先への紹介状を書いていただき、
その後看護士さんからピンクレターとブルーレター、
そしてメッセージカードを頂きました。

ピンクレターは18W~20Wの妊娠経過を、ブルーレターは出産結果を
クリニックにお知らせする手紙です。

果たして・・・私はブルーレターを出すことができるだろうか?

この卒業は、私にとっては新たな挑戦になりました。

心配していた「胎児頸部浮腫」が、昨日の診察で、
小さくなるどころか大きくなっていたのです。

院長先生からは、今後はやはり羊水検査を含め、経過をしっかり見て・・・という
アドバイスをいただきました。
紹介状は、目の前で、超音波の画像数枚を含め、
浮腫の経過を詳しく書いたものを作っていただきました。

出産までいけるかどうかを質問すると、明言されませんでした。
「それよりも、まずは経過を・・・」そんなような答だったと思います。

診察室で小さくため息をついたら、私なりに覚悟を決めました。

これが私の人生なんだな、と。

また挑戦してみよう。

自分の力の及ばないことだけど、それでも「挑戦」と思わずにはいられません。

でも、もしも・・・よくない結果になったとしても、
それですべてがダメになってしまうような人生であってはならない、
と固く決心しました。

夫は、今回のことでもことさら動揺した様子は見せませんでした。
でも心の中は、大きく大きく波打っているはず・・・。

仕事を辞めて治療に専念してきたこの数年間、
時にはストレスで苛立つ私を、文句ひとつ言わずに支え続けてくれた夫。
そんな治療生活を振り返って思いました、
これからは私も夫の支えにならないと!

「今もお腹の中で、赤ちゃんはがんばってくれてますよ!」

大きくなった浮腫の不安を抱えて卒業していく私を、
看護士さんはそう言って送り出してくれました。

「おめでとう!」とは言えない卒業ですが・・・
そんな卒業でも私の転機になってくれた、と思います。

また一つ、人生の区切りが付いた。
来週から、新しい病院でがんばらなくちゃ。
赤ちゃんもがんばってる・・・!

でも、ちょっと不安なのは・・・
妊娠したことを周りにどう伝えるか?ということです。

以前は夫と「卒業できたら妊娠したことを言おうね」と相談してましたが、
まだ親にも言ってません。

言ったら、きっと「おめでとう!」とまず最初に言われるハズ。
こちらは、おめでたい!と手放しに喜んでいる状態じゃないので・・・
その温度差がつらい・・・と思ってました。

まずは妊娠したと報告して、間髪入れずに、
「でも実は経過がよくなくて、
 おめでとうって言うのは無事に産まれてからにしてね」
と付け足しておこうか、などと夫と話しています。

そんなこと言うのも憂鬱だなぁ・・・なんて思ってたんです、最初は。

それに、もしものことがあったら、
会う人ごとに結果を報告しなきゃいけないの!?とか、
同情されたくないよ、とか、いろいろ考えて・・・。

でも、それを憂鬱だと思うと、自分の人生が憂鬱だと否定しているように思えて、
どんな経過でも結果でも堂々としてよう、ちゃんと親しい人に伝えよう、
と今は考えてます。


わたしたちの赤ちゃんは「彼」なの「彼女」なの?
どちらに似ているの?
血液型は?
何が得意な子なの?
声は?

その答を、私たちが知る日が来るのかどうか、それは今分かりません。
絶対大丈夫だと信じてます・・・と言えばいいのかもしれませんが、

今はまず、負けたくない、

そんな気持ち。


不妊治療についての日記は、これで区切りになります。

移植後は、安静指示や身体の不調の為、お返事を書けそうになくて、
ずっとブログのコメント欄を閉じていました。
でも、それまでいただいたメッセージは、治療生活を続ける大きな力になりました。

数人の方とお会いすることもできました。

ブログに温かい言葉を寄せていただき、ほんとうにありがとうございました。

2009年が、皆様にとっても素晴らしい1年でありますように!
心よりお祈りしています。
[PR]
by chiko2008 | 2009-01-10 18:08 | ⑩夢クリニック卒業